公園長ブログ 『私の道、バリエーションルートへ』

私の家から、「のんほいパーク」までは、自動車でも自転車でも15分、幹線道路沿いに歩けば1時間、バスと電車を使っても1時間。このように私には様々な出勤する道があるのですが、実はもう一つ、いつかは使ってみたいと思っていた ある道があるのです。

 
それは、山越えルート、尾根伝いに山をたどって、動物園の東門の手前に下りるルートです。豊橋市の東部丘陵にはちょうど県境沿いに、新城から二川地区まで続く標高200mから300mの弓張山系が連なっています。通称は静岡県側では湖西連峰、豊橋側では豊橋自然歩道(まあ、どちらも譲るつもりはないみたいですが)、途中には、その昔ゾウが歩いたという旧姫街道が通じる本坂峠、大規模な遺構が残っている割に細かいことはわかっていない大知波の尼寺廃寺跡、東三河のピラミッドといわれる霊峰石巻山(時折、山中では、ほら貝が響いています。ホントだよ)、船形山城址、東海の尾瀬といわれ豊かな生態系が残る葦毛(いもう)湿原、のんほいパークからも三角形の山容が望める松明峠など、見どころがいっぱいなのですが、なんといってもこの山域の魅力は快適な稜線漫歩ができることです。

 

 
例えば、バスで豊橋市の一番北の嵩山町まで行って、旧姫街道から豊橋自然歩道を南に葦毛湿原までたどってみましょう。旧姫街道はとても古い街道で、東海道、特に新居の関所を避けたい女性が通るということで、この名がついたとも言われています。昔は旅籠だったんだろうなという町並みを過ぎ、山中に入ると道は何度も何度も曲がりながら、杉林の中を登っていきます。ところどころに石畳が残っていて、とても穏やかな道が続きます。少し狭いけれど、これならうちのチャメリーなら歩けるかな?ダーナは無理だけど・・・なんて考えていると、本坂峠に到着します。旧姫街道はそのまま、まっすぐに浜名湖に降りていきますが、その道から別れを告げ、南へ尾根を、左手に浜名湖を常に望みながら、小さなアップダウンが小刻みに続く稜線をたどります。途中、何度か富士山をぼんやりと確認しながら、尾根上に広がる尼寺廃寺跡や多米峠、神石山、船形山城址、普門寺峠を過ぎると、NHKの中継施設に到着します。ここまで3時間か4時間ぐらいでしょうか。このあたりはカタクリの群落があり、少し遅い春には、うす紫色の花びらがうつむくように稜線上に続きます。やがて、浜名湖の湖水の輝きは、白い波が駆ける太平洋へと変わり、その展望は小島を浮かべた三河湾へと続きます。稜線はまだ、二川まで続きますが、葦毛湿原へは右に階段を下り、高度を下げていきます。ミツバツツジの桃色の花がゆれる小道を気持ちよくたどると、私の心の風景である葦毛湿原に到着します。
このように、常に浜名湖や太平洋、三河湾を望みながら歩く道は、今では多くの登山者が訪れる道でもあります。私の少年時代には、親友の小坊主(今は由緒正しい正太寺の住職)と二人、よくこの辺りを徘徊していました。稜線だけではなく、山腹をたどる杣道があちこちに通じていて、当時はほとんど訪れる人のいないその道を進むと、いつも新しい風景に出会うことができました。葦毛湿原には昆虫や植物がまだいっぱいいて、豊富な水の流れは、コトコトと音を響かせて、湿原の中を流れていました。また、まだ暗い道を稜線まで登って、山なみや眼下に広がる街の、やがて朝日に光り輝く「とき」を待っていたこともあります。ここは、私の心の原風景です。だから、アルプスの高層湿原や八ヶ岳の樹林をさまよったり、ネパールのトレッキングルートや、ボルネオのジャングルや川の支流にわけいったり、そんな自然の中にいると、私の中で風景への思いが高ぶり、あてのない憧れがいくつもいくつもあふれてくるのです。
 

 

 

 

 

 

 

 

さて、お話は「のんほいパーク」への出勤でした。5月のある日、朝4時、まだ暗いうちから家を出ます。目標到着時間は8時、初夏にはカエルの鳴き声に包まれる田んぼの道を東に進みます。バンやカイツブリなどの水鳥が眠る、古くからの農業用ため池のわきを通り抜け、森の入口に到着、ここまで30分ぐらいかな、少し明るくなりかけたコナラの森の道を進みます。森の中ではコゲラのコツコツという音がかすかに響き、遠くからはホトトギスの声が渡ってきます。道はやがて、葦毛湿原を横切り、山の斜面を登っていきます。
葦毛湿原では、春リンドウのつぼみが膨らみ、朝の光が訪れるのを待っています。木道のわきには流れに沿って、小さなモウセンゴケの群落が赤く密生しています。ここで有名なのは、ちいさなちいさな黄色いミミカキグサと白玉星草ですが、早朝のかすかな光の中では、小さなミミカキグサはどこにいるのかわからないし、星屑をちりばめたような小宇宙となる白玉星草の群落は秋の花です。

 

 

 

 

 

 

 
湿原の中で、日の出を待ちたいところですが、時間がありません。木道の上で、もう一度、湿原全体を見渡して、山の中に入っていきます。稜線に上がる道はいくつかありますが、主要なルートは湿原の左を直登するルートと右の山腹を巻くようにゆるやかに登っていくルートの二つ、今日は右のルートをゆっくりたどります。
いくつかの湧き水の流れを通り過ぎて、15分も歩くと一息峠、なかなか味のある木のベンチが昔からありますが、今日はここでは休まず、先を急ぎます、やがて光が木々の間から差し込んできました。道は牛の牧場がある洗出方面を望む斜面に移動し、しばらくすると急な階段が現れ、それを登りきると、やっと稜線沿いの道に出会います。右に行けば目的地の二川方面、左に行けばNHK中継所、近くに三河湾のビューポイントがあるので、少し寄り道をします。稜線ではもうお日様が顔を出して、山裾に広がる市街地全体が輝いて、早朝の街なみが地球に浮かびあがってみえます。遠く三河湾は全てが沈黙のなかにある青で、そこでは、朝の風が白い波を吹きよせているようです。
この稜線は、豊橋自然歩道推進協議会というボランティア団体が管理しており、道の補修や案内板の整備、また、協議会がやっているのかどうかわかりませんが、数年に一回、歩道わきの木々の伐採が行われています。今は歩道を包み込むように、木々の緑が茂っていますが、伐採が行われた後は、稜線沿いの道が浮き上がるようで、山並みに沿って気持ちの良い稜線歩きが楽しめます。既に時間は6時を過ぎました。二川方面に急ぎます。
小さなアップダウンを繰り返し、所々で、左右に展望が開けます。かすかに見えていた、のんほいパークの観覧車と展望塔がどんどん大きくなります。大きな防火帯を過ぎると、そこは松明峠。きれいに雑草を刈り込んだ広場にはコンクリートの構造物の痕跡があり、小さな祠が祭ってあります。
7時になったので、ここで朝ごはん、家から握ってきたおむすび、包んだ新聞紙を開けると、かすかなインクのにおいと、磯の香りがします。眼下には、新幹線が一直線に西から東へ走っていくのが見え、のんほいパークの観覧車と展望台が大きく迫ってきます。朝日がまぶしく街のあちらこちらで、チカチカと反射しています。
山に登って、遠くまちなみを望むと、いつも、サン=テクジュベリの「人間の土地」の冒頭の一節を思い出します。「あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打ち明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり・・・・努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつり光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ」
いま、この眼下に広がる街なみでは、どんな人がどんな朝をむかえているのでしょうか。たくさんの人生が、私の目の前に広がります。そして、この街のどこかに、昔の大切な人がきっと今もまぶしい朝を見つめている。そんな想いが、切なくて、たまらなく心地よく、時間が、すうっと流れていきます。
さて、遅刻するといけないので、松明峠をJR二川駅に向け下ります。私もこの街の、たくさんの人生の一つとなるために、高度をずんずん下げていきます。山裾にひろがる住宅地を過ぎ、二川駅の連絡通路を降りると、のんほいパークはもう目の前です。今回の通勤バリエーションルートもこれでおしまい、マックの朝カフェはあきらめましたが、のんほいラジオ体操が始まる前に、なんとか事務室に入ることができました。登山靴を作業用の靴に履き替えると
今日もいつもと同じ「のんほいパーク」の一日が始まります。

 

 

 

 

 
風景の中で

 
暗い谷間から
尾根道へ上ると
突然
空いっぱいに 風が吹き抜けていた

 
はるか
地平線には
波が白く駆け抜けていく
海原
風は
この小さな山域を見向きもせず
そのとてつもなく大きな力で
彼方へ走り去っていった

 
そして
ちいさな ちいさな 私は
風景の中で
たった 一人
こんなにも 体がふるえるのは
きっと
風のせいだけではないだろう

 

 

 

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